タイトルマダイ

人はいつか死にます。みてください。

Nouakchott

   

ブログタイトルをタイトルマダイに最近変えた。だから、タイトルマダイっぽい記事のタイトルにしようと思ったら、モーリタニアの首都名になった。モーリタニアにはタコと砂漠がある気がする。モーリタニアの首都は、誰かがするくしゃみのような趣があるのでとても良い。

 

そして、ここからは全然関係ない話題に突入する。

 

現実で言うところがなかったから、自分の思ってる事をだいたい言える場所をネットで作っていたら、知り合いに特定されてしまって、それをきっかけにネットでも自分だけの場所にのめり込むように引きこもるようになった。

 

自分だけの場所というのは特定される前から存在はしてた。例えば、鍵をかけてるので、フォローしてる人もフォロワーも0人の誰も見れないツイッターアカウントで誰かが見てる体で呟くような場所や、他人との会話を想像して、1人で返事までを考える自分だけのライングループとかがそうだった。

 

そういう事をやってると、自分がいつか気が狂うんじゃないか思う。泣きそうになる。狂った状態は想像できないからすごく怖いので、絶対なりたくないのに、そのネットでの1人の場所での行為がやめられなくなってきていることにも気づく。

 

誰か見る可能性がない所で誰かに向けて何かを書くのと、可能性がまだある所で書くのはやっぱり違うと思うようになった。俗にいう病みツイートもそんなことが本能的に分かってるのかもしれない。誰かがそれを見て不快になることで病みツイートなるものをした人は救われるのかもしれない。この構造はすごく厄介だ。知ってもらいたいと爆発しそうなとき、人に頼りたいと心の底から思う時に、SNSをまともに使えずに周りが受験まっただ中だと地獄という話だった。

 

そして、マズロー欲求段階説大好きな人間なので、自分は何も間違ってないとも信じる(だから特定されるんだぞ)