タイトルマダイ

人はいつか死ぬので

愛はどこにある

 

4月に入った。

 

好きな人にドキリとさせられた状況を思い出そうとしても、よく思い出せなくなった。大事なものは意外と簡単に手に入ったように思えるし、その代わり失う時も、音なく失った。思い出せなくなった自分はこれからどうやって自分のことを温める術を得るのか。

 

人に会う機会が格段に減った。といっても、4、5日前には続けて人に会ったりしてたけど、もはやそれは自分にとって過去のことになっている。

 

自分は、愛をよく知らない人間だと思ってるけれど、人に会いたいと漠然と思ったりするのは、なんでだろう。会ってもろくにうまく話せなくて、つまらないという結果みたいなのも見えてる。その時に、やっぱり自分はこの人のことそんな好きじゃないのかもなと思ってしまう。

 

前も書いた気がするけど、曲の歌詞にある、いなくなって初めて大事さに気づいたという表現、どうせ戻ってきても大事さをまた見失うよとかいう感想を持ってしまう人間だし。それでもとっても会いたいような気がするのはなんでだろうかと書こうとした。

 

 

そしてこの文章を書いてて、これが依存かと自覚した。会いたい人っていうのは、半分友達で半分好きな人のことだけど、依存とかじゃなく本当に好きなんだしと思ったけど、これは依存です、依存。美化した形で自分は相手を固めてる。こんなことをして申し訳ないような気がしてくる。

 

やはり、自分のテーマは、人を愛することですね。人を愛そう。人を愛すことは自分をまず愛すこととか見たけど、目を背けたいことが多すぎるね、もう無理だね。それでも、嫌われたくはないから愛してね。ちゃんと愛せないけど、愛してね。ついでに、愛を自分なりに、考察し、定義してて偉いって褒めてほしい。